まず私の話をします。要点が欲しい人は「項目3:目の前に現れる原因について」に飛んでください。
私は、英雄型アダルトチルドレン!
アダルトチルドレンには8種類のタイプがあるそうです。
・・・名前が全部カッコいい。不謹慎だけど二つ名を叫びたくなっちゃう。
愛着障害で自己価値が低いなら尚更ね。『僕はヒーロー! サブクラスはプラケーター!』
1.ヒーロー(英雄)
2.スケープゴート(生贄、身代わり、犠牲)
3.ロストワン(いない子、迷子)
4.ピエロ(道化師、クラウン)
5.ケアテイカー(世話役:親の役割を担う。親、兄弟姉妹の世話をする)
6.プラケーター(慰め役:愚痴聞き、主に情緒面を支える)
7.イネイブラー(支え役:対象への依存度が高い、盲目的)
8.プリンス・プリンセス(人形、優等生)
ケアテイカーの「3分類」
ケアテイカー (世話役) には3種類の分類があるそうです。
私は理解しやすかったのでこちらの名称を採用します。
リトルナース(能動的お世話役見返り要求型)→通常のケアテイカータイプ
イネイブラー(能動的お世話役採算度外視型)
プラケーター(受動的お世話役ひたすら愚痴聞き型)
引用元:ケアテイカータイプの亜種「イネイブラー」と「プラケーター」(アダルトチルドレン) | インナーチャイルドケア講座 森ようこ
過酷さの個人的な印象は、「イネイブラー>リトルナース>プラケーター」でしょうか。
イネイブラーは盲目的に相手を世話するタイプ。
物語に出てくる奴隷がまさにこれだと思います。なろう主人公が来なかった世界線。
リトルナースは機能不全家族の中で親に代わって家庭を回すタイプ
生活費を稼ぐバイトや弟妹の世話で、自分の人生を消費する。
ので、大人になってから嫉妬や怒りを感じやすい。
イネイブラーはフィクション味があるけど、リトルナースは笑えないよね…。
プラケーターは「こどもカウンセラー」です。親を元気づけるために聞き役になります。
3タイプの中では心に余裕を持っているタイプでしょう
私の母は「イネイブラー&ヒーロー」
私の母は「ASDの祖母」の犠牲者で、典型的なイネイブラーだと思います。
過剰なまで相手に尽くし、私がいくら止めても甘やかすことをやめません。
また、祖母は「優等生を褒めるやり方」をするので、母にはヒーロー(英雄)の傾向も強いと感じています。
現に、私が ACヒーローになった要因は祖母の影響が大きいです。
わたしは祖母に『あんたは頭がいいわねぇ。母とは違うしっかり者だ。物静かだねぇ』
と常に圧をかけられて逃げ場を失ってきました。
祖母はASDですから、自分が体験したこと以外には共感が皆無であり、私が弱みを話し出すと説教をする始末です。
母も常に追い詰められていて、私が相談しても嫌そうな顔をします。
父親は「回避型」なので、予兆を感じ取ったら逃げます。
逃げられないなら母以上に面倒くさそうな態度を表して、相手の話す気力を挫きます。
父は昨年「2024年11月18日」に虚血性心疾患の疑いで急死しましたが、運命数「1」とは思えないほど我慢して耐える人でした。
とても優しく思慮深い人でしたが、ASD傾向のある家庭に婿入りした父は儚い人でした。
本来の父はユーモアセンスがあって宇宙が大好きな、先進的な人だったと思います。
父が死んだあと、母や祖母は「父が無口であったこと」に対して笑い話をしていました。
…ASDというのは本当に人の気持ちが理解できないんだな、と再確認した出来事です。
私には姉が1人いますが、4年前結婚して子供が居ます。
姉が正常に育ったのは父親のおかげだと思います。彼だけが唯一社会性を与えてくれた。
私の親は毒親だったわけではありません。
会話が下手くそな、不器用な人達って表現が正しいですね。
精神的なネグレクトと前世のトラウマによって、私は愛着障害になりました。
前世の記憶に関してはこの記事で詳しく書いています!
私には盗み癖がありました
私は愛着障害で、小学生低学年の間はよく物を盗んでいました。
万引きよりも友達の家からゲームソフトを盗んだりしていました。
そういったときは必ず、友達の親と出会った後だったような気がします。
友達の家庭が円満だったとは限りませんが、表面上は親子の会話が楽しそうに見えたんだと思います。…今思えば、友達の親はもっと酷かったかも。
母の関心は病弱になることで手にできましたが、父性には飢えていたらしいです。
私の方から依存するためにすり寄った大人の男性が、高校卒業までに3人いました。
…ですが、依存を許さない数秘33の人生経路が、すべてを失敗に終わらせました。
2人は出世して違う場所に行き、1人は臨時教員だったので急に居なくなりました。
わたしは対人恐怖症 (殺される幻覚付き) を抱えていて、近寄るのには大きな勇気が必要でした。あの頃の私は不気味だったと思います。言葉少なに近寄ってくるんだから。
なけなしの勇気は3人目で使い切ってしまったようで、それ以降は誰にも期待を寄せなくなりました。
盗み癖は中学1年には消えていたと思います。代わりに物を壊すようになりましたが。
小学生までが「多重人格」でピークでした。
記憶が飛んだり、知らないうちに友達が増えていたりしました。
小学・中学のわたしは絶対異常者だったと思うので、いじめもせずに仲良くしてくれた同級生には感謝とともに、人格の高さを尊敬する次第であります。
この記事を書こうとした理由
昨日のお昼にスシローに行ってきたんですが、隣の席がすごい毒親でした。
現在の地球は「負の蓄積」が難しくなっているので、毒親という存在は生きられないものだと考えていました。
ので、驚きと関心のほうが先に立つような有り様でして、何かあるぞと思ったんですね。
この現象が過去の傷によって引き起こされるのか、私ではなく同席した友人の影響か。
昔だったら毒親を目にすると、自分の頭が真っ白になって3日くらい影響を引きずっていました。
でも「ホ・オポノポノ」などで浄化したり、「ジャーナリング」で内面と対話したりを繰り返して、今では音が煩いくらいの感覚で笑えるようになっています。
かと言って、不調和・争いを見るのは耐えられません。
INFJにとって、弱いものイジメとは最も倫理に背く行いだ、という思想があります。
魂の学びだとか関係ねぇ、そんなことしてほしくないんです。意味ないじゃん…。
親子関係を魂的に解釈できたとしても、それを認めることはできません。
もし、わたしが原因で起こっている出来事なら対策を打たねばなりません。
まずは、昨日のエピソードを書いていきます。
次に「原因と対処方法」について考えていきたいと思います!
スシローで虐待レベルの親を見ました
今日は祖母の友人とスシローに行ってきました。
55番席でゾロ目だ、ラッキー!と思っていたら、真隣に毒親がやってきました。
周りの目線を気にせず、子供のことを怒鳴り続ける姿は感嘆でした。
「10歳未満の子供4人、母親1人、祖母1人」だったかな、人数が多かったです。
衝立を挟んで向こう側だったから、まるで見世物でした。食事処でやる演目じゃねぇぞ!
母親が脈絡なく怒鳴りだすので驚くんだよね。
しかも反省を口にするまでずっと子供を詰め続けるんです。
『わかってんの!?』←これの繰り返しで笑ってしまうそうになる。
…奥さん、わかってるから黙ってるんやで。(,,´•ᴥ•`,,)(* ^ᴥ^ *)
また、祖母の方も優しいわけではなくて、違う感じで子供をいじめていた印象です。
ねっとりとしたエネルギーを感じました。ああいうタイプは一番危ないです。
母親の親だとすれば、この人あっての母親なんやろな。って一発でわかるやつです。
じっくり見ていないので確信はありませんが、母親と祖母の表情から察するに、
まったく悪いとは感じていませんでした。自分が正しいと思っている顔をしていました。
こういうタイプって、自分のルールで許したり・怒ったりするのが厄介なんですよね。
優しい素振りを見せて、急に怒鳴って頭を叩くんです。悲惨だー!
トラウマを抱える母親
使っていたワードの語彙が少なくて、子供に理解させる気遣いが全く感じられなかったことから、脳機能に問題を抱えているパターンだと感じました。
おそらく前頭葉が萎縮しているパターンで、行動のコントロールができないのです。
幼少期の家庭環境が「怒鳴り声・暴力」に支配されていた場合、脳が正しく形成できないんだよね…。本人の努力では改善が難しくてうまく対処できない。
それとトラウマを刺激する部分が活性化しているタイプです。
子供の特定の行動パターンにだけ、条件反射的に同じ対応を取るようになります。
子供が右手をぷらぷら揺らすと母親は無性に腹が立って怒鳴りだす。みたいな。
これの厄介なポイントは「配線がどんどん強化されること」です。
自分で気付いて止めない限り、どんどん行動の精度が増していく。
子供が右手を上げる素振りをした1秒にも満たないタイミングで、母親は子供の頭を右斜め45度で叩きます。
記憶の再現をしている
似た体験を母親が子供時代に味わっていて記憶の再現が起きています。
白昼夢を見ているから、怒鳴っているときの彼女が見ているものは子供ではありません。
…精神病患者で確定ですが、日常生活を送れているのは特定のプログラムだけに反応するからでしょう。
つまり、怒鳴ったかと思えば急に優しくなったりもするんです。
特定のボタンを押さない限りは素敵な親だったりもして、子供からすると2人の母親が居るみたいだと感じることでしょう。
「独自のルールに固執する」というパターンもあって、食べ方にシビアだったりもする。
どうでもいいことで怒られるんです。子供からしたら意味不明で説明が欲しいと感じる。
でも母親は変なところ向いていて、話しかけたら動物みたいな声を出す。
このような親に育てられた子供は行動の出力が正常に行えなくなるので、様々な動作的問題を抱えます。これは「いじめ」の要因になってしまうでしょう。
それが「ADHD」みたいな凡ミスを頻発させるので、今度は母親がトラウマと関係ない部分で怒り出すようになります。
『…なんでわたしに迷惑かけるのよ!?』
『私がどんだけ苦労してるか分かってんの!?』
『そんなにお母さんの邪魔したいんだ??』
トラウマで怒鳴っているときは、子供批判をしていなかったのでまだマシでした。
…だけど、このような怒り方に変わってくると子供は自己肯定感を著しく下げてしまう。
負のループってやつだー!
他人事で放っておくのは懲役50年の刑罰だ! INFJが闇落ちしちゃうわよ!(プリコネ猫)
何も得られないのに苦しむ必要なんてないんじゃないか…? ボブは訝しんだ。
もっといい方法があるはずです。2025年にこんな演劇してるなんてナンセンスだ。
…魂のレッスンになってるから意味はあるって? 同じことを言います。
\ もっといい方法があるはずでーす! /
次に、母親が怒鳴っているときの白昼夢状態について深堀りします。
わたしが持っている「地獄の考え」を元に、毒親の存在に折り合いをつけてみます
地獄が恐れられる理由
子供が右手を揺らした瞬間に母親は裏世界に飛び込みます。
そこは時間が存在していない夢の世界と同じだと考えます。つまり地獄です。
3次元の良さは、結果の反映に時間がかかることですね。振り返るチャンスがあります。
地獄が恐ろしい場所だと言われる理由は、
想像した瞬間に焼かれる→熱いと思う→炎を意識する→また焼かれる。
このループに巻き込まれ容易には抜け出せないからだと考えています。
自殺をするな、と言われるのも同じです。
飛び降り自殺だとすれば「屋上に立つ、下を見る、落下する、大きな音がする」という強い印象部分が焼き付いて、連想クリエイティブモードから抜けられなくなるんです。
ので、私の理論が正しいなら自殺したときに印象を残さなければ大丈夫なはずです。
後悔なく死ぬのが一番重要だと考えます。
その観点で言えば、自殺じゃなくても死ぬ直前に後悔があれば同じことだと思います。
ではなぜ多くが成仏できるのかと言えば、やはり魂の設計図であるからだと考えます。
後悔で囚われるのも道順の1つであり、多くはそれを選択しない。(不人気アトラクション)
自殺は必ずしも囚われるわけではないと考えます。設計に組み込まれていたら囚われるだけなので、つまり自殺を行った貴方には何も選べないし責任もないってことです。
お坊さんや霊媒師の人は「現世の苦しみ・徳・業」みたいな考えで行動の善悪を語りますが、それは非常に低い視点の話をされていて、大局で見れば全く意味がありません。
そういった範囲で楽しみたいのなら、恐れを抱きながら徳を積めばいいと思います。
徳を積めばそれが反映されて来世では幸せになる、みたいな体験もできるでしょう。
これらはシミュレーターの設定なので、没入感がある間は楽しめますね。
つまり意味があるって感じられるんです。苦あっての成し遂げる快感。MMOのレア狩り。
私は没入感が皆無に近かったので、責任感と痛みだけが世界をリアルにするものでした。
没入感がないと世界から抜け出したいと考えるようになります。
ので、徳を積んで幸せになれると言われても、その幸せな来世も地獄なんですね。
…なんでこんな話してるんだろう。
「徳を積んだから魂が没入感を失った=許可証を手に入れた」という考えもできるので、徳を積む理由を魂の成長と捉えている人の話は聞いてもいいかもしれませんね。
演劇の没入感を失いたくないから、人々は自分が創造主だとは信じようとしません。
そのことに問題は1つもありません。どこの立場も同じだけの価値があります。
つまり苦しんでいる人=表面的な印象にすぎないから、教えを説いたり、
苦労から救ってあげようと走り回る必要もない、ってことなんですよね。
本題:目の前に現れる原因について
執着が残っている
一番に考えられるのが、過去に傷つけられた経験を握りしめているパターンです。
私の場合だと、母親がいつもヒステリーを起こして怒鳴っていた印象です。
母親はトラウマに打ち勝とうと前向きに頑張っていましたが、祖母に小言を言われるたび、発狂に近い大声を出しました。
…それが今でも頭の中に反響しています。
HSPにとって扉の開閉音でさえ耐え難い騒音です。
HSPは、相手の状態を足音で察してしまうくらいの鋭い聴覚を有しています。
聴覚というよりは、「音を介した情報補足システム」みたいなものです。
そんなHSPの目の前で、「怒鳴る・大声を出す」は虐待と同じです。
貴方の前ではいつもニコニコしているでしょう? それは常に身構えているからなのよ。
母親の怒り方は静電気のように突発的なので、備えることが難しかったです。
「祖母と母」が対面していたら8割の確立で喧嘩に発展していたので、なるべくその状況を作らないように努力し、明るく振る舞っていたような気がします。
母親は「ADHD」なので共有スペースを散らかします。
それがASDの几帳面さを刺激し、馬鹿みたいな頻度で言い争いが起こります。
私が意識を別世界に飛ばすようになったのは、おそらくこの影響が大きいでしょう。
空想だけが私を救うもので、ゲームや小説に触れずに1週間も過ごせば、正気を保てないほどでした。
私にとって、祖母は死ぬべき存在で、母はそんな祖母に期待を捨てられない惨めな人。
毒親を選ぶ=スターシード説
「愛の魂=スターシード=HSP」という図式が成り立つため、私たちは毒親を選びます。
これは立候補ではあるものの、適応できず精神を病んでしまうケースが非常に多いです。
病みながらも、使命感だけは残っていて罪悪感・無力感に苦しみます。
また、スターシード=高機能自閉症の特徴もあるように感じられます。
ですから「情報の高速処理」が起きている間は、現実の対処が遅れてしまったりもします。
サヴァン症候群とまではいかなくても、何かしら突出した機能を有しているはずです。
おそらく「記憶関連」には特異性があって、それが後年までトラウマを引きずる原因にもなっていると私は考えています。
私の家庭は暴力がまったく無かったし、お金も余裕があって生活は惨めじゃなかった。
なので、他のアダルトチルドレンの方には鼻で笑われると思います。
苦労指数が違いすぎて仲間には入れないでしょう。
…もし私が虐待を受けていたとしたら、私は完全に頭を壊していたと思います。
暴力がない状態で「3回」、この世界に戻ってこれなくなりそうなタイミングがありました
魂っていうのはギリギリを攻めるのがお上手ですね。
私は「子が親を選ぶ」という理論を信じています。親子は魂の契約関係なのです。
執着が残っている-2
話をスシローの毒親に戻しまして、
その親を見て『…嫌だな。可哀想だな』と考えるのは、そのテーマに印象を抱き続けている証拠です。手放せていない・執着している。
あの親子を見て怒りは湧いてきませんでしたが、うんざりするという気持ちになりました
ですから、私の中には「母との想い出」がまだ未消化で残っているのでしょう。
または、人生に対する定義付けです。人生は○○だ、という諦観からの決めつけですね。
こうした時に嫌な気持ちになるのは、自分に当てはめているからですよね。
自分が受けた理不尽を、なかったことにはしたくないのです。
つまり、傷つけてきた相手に『裁きを受けよ!』と再審請求を何度も出している状態。
対象は親ではなく、もはや概念と化しているので、 似た存在を全員刑務所にぶち込むまでこの活動は終わりません
神様(裁判官)が『それは学びのために貴方が選んだのですよ』と棄却したとしても、年寄りの時代遅れめ!と罵倒して、自分の意見を認めてくれる存在を探して歩きまわります。
執着を手放すための方法
必要なのは、記憶と感覚の紐づけを断ち切ること。
そのために親と物理的距離を取るのが有効的で、スイッチが押される頻度を最小限にすれば、いずれトラウマの神経回路が弱くなっていくはずです。
ならばなぜ「PTSD患者」が放置しても全く改善しないのかと言うと、
スシローの母親と同じように「白昼夢状態」だからだと私は考えます。
現実 ⇔ 白昼夢の行き来が、現実感の喪失を加速させているのと、
「白昼夢=イメージだけで完結する状態」でトラウマを想起すれば、間を置かずに連想ゲームが行われます。地獄の例えのようにですね。
これはゲーム機のスイッチを高速で入切しているようなもので、回路が焼け付いてしまうのでしょう。
それはタンパク質が変性した脳みたいに、外科手術でしか治せなくなる。
だから、PTSDなどの患者には現実に居着かせる方法を用いなければなりません。
マインドフルネスや、温度を用いた療法が有効だと考えています。
共通点は「今」を感じられるようにすることですね。
絵や箱庭療法も効果的です。
それは空想の延長として、現実に橋渡しができるからです。
問題点は協力者が必要な点です。道具の用意、時間の管理、作品の定義づけの手伝いなど、的確に行える人じゃないとダメな点と、
もうひとつは、患者がすぐに妄想の世界に旅立ってしまうので、それを都度引き止める役割の人が必要だと思います。
また、回数を重ねる必要があり、1度では効果は期待できないでしょう。
効果があるとすれば、ステップアップのために過去を払拭したい、といった方々だと思います。
つまり現実的ではないので「エゴ的理解」によって腹落ちさせる方法が、時間は掛かるが簡単だという結論になりそうです。
執着を手放すための方法 - 2
エゴ的理解とは、親子関係の意味付けを変えることです。
「親=子供を支えるものだ」という定義から、「お互いに学びを与える協力関係なのだ」という解釈に置き換えます。
そのために、「魂」とか「輪廻転生」とかの形而上学を持ち出すわけです。
おそらくこの過程にある人は、死後の世界へ思いを馳せるために、辛い体験が山のようにやってくるのでしょう。
「結局、神さまの人形でモルモットだ」
と、私たちは不機嫌になるわけですが、エゴが辛い体験を味わうたびに「サレンダー」を選択するようになっていきます。
無執着とは何であるか。それはすべてを許容する在り方であるという理解。
苦しいも幸せもない、すべては意味づけであり、体験こそが主体である。
なればこそ地獄は意味をなさず、私が裁こうと必死になっていた存在は小さな鼠であった。
それを知ってもなお、演劇を楽しむつもりなら関わることもまた意味ある流れである。
魂は体験を丁寧に味わいたいと考えているから、答えを形に移せるようになるまでには、それなりの時間がかかってしまうだろう。
理由をつけて後回しにしてしまうが、それは貴方が弱いからではない。
ただ、そういった流れが魂によって設計されているだけだったんだ。
だから貴方には何も責任がない。貴方には何もできない。
やって後悔するかもしれないが、それをやらない選択も貴方にはまた選べなかったのだ。
後悔とは、自己を神聖視する働きである。
自己が貴重であるという考えを捨てよ、そうすれば貴方は自由を選べるようになる。
制限から開放された人類はまさしく創造主である。
その先に何があるか分からなくても、貴方の毎日が少し平和になった。
その境地にあって、貴方はやってくるものを成否なく受け入れることができます。
このプロセスが体験で、目の前に現れる毒親は時給1000円の日雇いバイト。
その人がずっと苦しむわけではない。貴方の認識外でその人は平和かもしれない。
私が見た母親と子供たちは大丈夫。あとはアンパンマンに任せよう、そうしよう。
…うわ、またジャムおじさんとバタ子さんが喧嘩してる。人間って愚かだなぁ。
本題:目の前に現れる原因について - 2
選択を促している
世界は内面の反映だと言われます。
ですがそれと同時に『責任は当人にしか背負えないのですよ。だから貴方の人生に集中しなさい』という発言もされます。
生活スタイルを変えると「世界からの試し行為」=『その道で本当にいいの?』という、職質お節介勇気挫きバカタレが頻繁に入ります。
これもやはり執着 = 思考の癖が残っているからなのですが、どちらかと言えば、それは残り香の様なものです
この場合には、内面の見直しをするよりも現象をガン無視するほうがよいでしょう。
…ネガティブな現象が立て続けに起きて、自分の選択が否定されたように感じ始めると、
『・・・誤魔化しているだけなんだろうか』
という自罰的で歩みを止めるエネルギー状態になってしまいます。
こうした考えに至るのは、現象に対する「罪悪感・負い目」などの感情を持つからだと考えます。
目の前で困っている人を助けなければならない、と考えるのです。
『私を二度と産み出してはならない。』という思考は正解に思えますが、本質は違います。
自分の体験が生々しい現実であったと信じるから、目の前の映像に対して怒りが起きます
これは過去を握りしめている証拠であり、それが今を映し出しています。
じゃあどうすればいいの…? となりますよね。
答えはとてもシンプルで「嫌ならば無視してしまう」に限ります。
はぁ? 目の前の子供は10年後に鬱病になって苦しむかもしれんやろ!
32歳になっても無職かもしれんやろ! ハローワーク反対ー!
気持ちはとても理解できます。INFJとして実際に見逃せないと感じるわけですが、
それはその子供の人生設計であって、良し悪しを決めるのは貴方の責任ではないのです。
神様の言いたいことは、『貴方の番です。自分を優しく扱いなさい』なんだと思います。
現実が不思議なシンクロニシティで満たされるとき、役目が終わったことを知らせている
…ということなのなのかもしれません。
二転三転する人生は刺激にあふれています。しかし望まぬ者からすれば災難だ。Q.E.D.
人類の本質は黒田官兵衛
理論上、世界に困っている人は存在していません。困ることが目的なのです。
極端な例で言えば、病気になって若くして死ぬパターンがあります。
親としては『どうにかしてあげたい…』と必死になります。
そしてどうにも出来なくて子供が天国に旅立つ。子供は不幸だったでしょうか?
いいえ、子供は親の元に産まれた目的を十全に果たせました。後悔などありません。
では親はどうですか? 見かけは不幸ですね。でも、子供が死ぬのは事前契約です。
子供によって体験のステージを変えます。それは本質の喜びへ繋がる道です。
また、苦悩している人を助けようとしても最終的に元の穴に戻るパターンがあります。
彼らは救われることを望んでいません。
彼らの悲鳴に見極めが必要です。9割が偽報ですから、人類の本質は黒田官兵衛です。
他人とは、貴方に必要なエキストラである。
と考えられるので、必要なのは「私がどうなりたいのか」の選択です。
他人に忖度しなければ私はどのような行動を取るでしょうか?
スシローの毒親パターンで考えてみると、
わたしは食事の途中でも店を出ていく選択をするだろうと感じました。
子供を助けないのですか? と常識の声がしますが、私はうんざりしているんです。
仮に私が助けて一家全員から感謝状を貰ったとしても、魂の設計だったなら再び争い始めるでしょう。
平和を望む私の気持ちが尊いもので、神様から歓迎されているのだとすれば嬉しいです。
しかし、現実はそうではありません。
助けることは「余計なお世話」と判別され、すべては欲求不満からの代償行為だとされるのです。
ならば私の前に配膳するなと言いたい。
私が全く執着していなくて、興味もない現象が目の前にやってくることもあります。
つまりランダムな宣伝チラシだということです。この可能性も頭に入れておく必要があるでしょう。
今回に関しては、『嫌だな』と感じた瞬間に、友人を引っ張って店を出るべきでした。
友人を優先して結局どちらも明るい気分になれなかったので、直感を信頼するイベントだったのかもしれないですね。
選択を促している - 2
2025年8月に入って新地球が完成したので、あとは望む世界を選ぶだけの段階に入っています。
ので、今回みたいな毒親パターンが頻繁に起きると考えられます。
私の本心は『うんざりしている。関わりたくない』です。
だから素直にそれに従えば、このような争いが存在しない世界に移行できるのです。
自己信頼こそが創造を成し遂げるための鍵です。
感性が独特で人口の「1%」だったとしても、その感性を一番に扱えば必ず見合った世界にたどり着きます。
うんざりしているなら怒って突き返したっていいと思います。
怒る=反応する=執着が残っている、という図式もありますが、怒ることを「決別の儀式」とすれば大丈夫です。
怒ることは幼稚性ではありません。自分を大切に扱うことの宣言なのです。
自分が一番の味方になることで、極限の環境下でも生きていけるようになります。
自分の機嫌をよくする以外にやるべきことはないんだなって思います。
世界平和? そんなもの粘土遊びと同じです。家が火事なのに粘土遊びするんですか?
要らない体験は突き返そう!
投げやりになってキレ散らかしてるときに案外うまくいくのって、要らない物を突っぱねてるからだと思うんです。
落ち着いてくると安定志向に入るから『これくらいなら我慢するか~』ってなっちゃう。
私たちの心が停留所の真ん前だとすると、定期的にバスやら作業車が停まるのよ。
なんか対応しないとダメなのかと思うじゃんね。
しばらくすれば何事もなく出発していくので、必要がなければ放置でいいっぽいのです。
ちょっと!ここ私有地なんですけど、誰が許可出したんですか!
え、市役所に申請してください? 私たちは雇われだから分からない?
このようにお役所は融通が利かないので、自分で申告用紙を書かなければならぬ…!
でも、申し訳なさと罪悪感で遠慮がちになりますよね。
私たちは、自分が我慢すればその余剰分が他の人達に回ってくれると考えています。
それは社会が私達に刷り込んだ嘘です。
なので、このシステムを組み込んだとき「自分も損するし、相手も喜ばない」という状況が生まれることになります。
逆に我慢せずに受け取りまくれば、自然と余剰分になって周りに与えられることになる。
個人的なことに限定しそうだけど、他人との関係すべてに適応できると思います。
対人関係で起こることは、すべて宣伝広告なんですね。
ピカピカ光る大看板を掲げて立ってる存在がティッシュ配りしてるんですよ。
受け取れば需要ありとして、その地域に滞在するようになる。そして安眠を妨害される。
現実を真面目に受け止めることは『この現実がもっとほしいです』ということになるんでしょうね。
…いや、そこは察しなさいよ! あんた何年の付き合いだと思ってんの!?
はいはい。選択の自由自由。ほんま都合がええどすなぁ?
この世界が「サンドボックス」だと理解しても、次は優しさを持ち続けた理由を考えてしまいます。
INFJに産まれた理由が「ごっこ遊び」とは思いたくないものです。
数秘33がマスターナンバーの中で一番難しいと感じてきました。
愛=人々を拾い上げることだと定義すれば、両端から差し迫る槍で押し潰されてしまう。
まとめ:現実の受け止め方

数秘9・33は、世界が幻想だと理解しながら生きています。
多くの高次元存在が『創造していきなさい』と教えてくれますが、我々はすべてを抱え込もうとするので、要求する値が人間という範疇を超えてしまいます。
その英雄的思想を現実に落とし込むには、妄想の肥大化・自我を拡大させることによって自らを神にまで押し上げなくては難しい。
アニメ『攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG』で、「クゼ・ヒデオ」という登場人物が出てきます。
このキャラクターはまさに世界の仕組みを理解しながらも、人々を幻想だとは切り捨てられなかった。だから彼は難民を電子の世界に統一しようと考えた。
物語的には「電脳ウイルス」に感染していたことによる英雄思考の増幅であるとされていますが、それは比喩的なもので、現実の数秘33・9、INFJを表していると感じました。
アダルトチルドレンは、家族のカルマを解消する目的で苦難を背負い込みます。
先祖の集大成を担っていると言われますが、それでモチベーションを維持することは難しい。なぜなら、世界に対するアンカーが無くなってしまうからです。
つまりその意味は「信念の人であらねばならぬ。」と言うことです。
世界をメタ的に知ったあとで戻ってくる。
なぜ、アダルトチルドレンが自殺以外で長生きするかと言えば、死ぬことを許されていないからだ。
家族は最悪、仕事もうまくいかない、恋人は皆DV彼氏。
それなのに事故りそうになったら奇跡的に助かる。死のうと思えば思いがけない支援が入る。電話がタイミングよく掛かってくる。
私たちは頭を壊すことも許されていない。これら全てが人生の設計なのだ。
つまり、私達は何も選択することができない。
自殺を選べるのはそれが設計されていたからだ。今も生きているなら我々は信念を何かの形で成し遂げなければならないのであろう。
擬似的選択を楽しむ
私たちは寄り添うために、再起動するプログラムが組まれています。
このまま惨めに終わってしまうんだと思っていても、あるタイミングで全てが解消されてしまったりする。それは努力が必要ない超新星爆発みたいなやつです。
毎日をただ寝るだけで過ごしていても大丈夫だと思います。
私達は死ねないので、毎日何かしら選択することになるでしょう。
その選択肢に魅力はありませんが、その中から少しでも心が踊るものを選択すれば、それが私達を目的地に運んで行ってくれるのだと信じています。
生まれ持った波動数値は大きく変化しないという話があります。
とすれば、私達は生まれつき高い数値を持っているので、あとはその状態を維持するだけです。
嫌なことからは逃げてOKです。何よりも自分のエネルギー状態を優先しましょう。
人間に産まれたからには「物理的な救済手段を」と考えますよね。
…でも、それは望まれていないのでしょう。
真実を伝えていく役割が私達です。
エネルギー状態によって間接的に人々を勇気づけ、少しでも世界を好きになりましょう!
読後の感謝です
ここまで文字数「13567文字」でした。
「この記事は約24分で読めます。」と書いてあります。Cパートありのアニメですね。
いつもは1日で書き上げるスタイルなんだけど、今回は3日くらいかかりました。
ので、重複している箇所があって読むのが大変になってしまったと反省しています。
全文読んでくださった方は凝り固まった身体をご自愛ください。
私は項目だけ読むのを賛成派なので、目次で帰って貰っても満足しています。
だからなるべく目次で要点を伝えられるように意識していたりしてます。
項目を細かくすれば読みやすいかと思ったのですが、すごい量になってしまいました。
[目次を閉じるボタン] を設置してみたので、今後は活用して頂けたら嬉しいです。
基本はPCで読むために書いているので、スマホの人はごめんなさい。
最近フォント・レイアウトを整えたので、前よりは読めるようになったはずです!

それではここまで貴重な寿命を捧げてくれてありがとうございました。
今日は「しゃぶしゃぶ」を召喚するために、みなさんの生命エネルギーを使いたいと思います。
…え、菊名は季節じゃないから売ってないだろって?
・・・・・・・・・・・・・・・。
もやしがあるからいいんだよ・・・っ!