久しぶりに落ち着きません
メンタルが不安定で叫びたくなります。頭の中がごちゃごちゃしてる。
胸の辺りから始まって、身体の芯が寒くなる感覚がします。
これは「殺される恐怖」と同じで身体が警告アラートを送っている証拠です。
だけど経験上、ほぼ問題は起きないので、ただの身体の勘違いエラーです。
失敗したときや、大きな音が耳元で鳴り響いて精神の土台が崩れたときに、私はこの状態に陥ります。昨日の祖母との関わりを後悔しているのでしょうか。
私は祖母に冷たい態度を取りました。祖母の成長を促したかったからです。
でも、それは私のエゴから発したもので、実際は両者を傷つけただけでしょう。
脳裏に怒鳴っている人の映像が浮かびます。
メンタルが不安定になると毎度浮かび上がってくる。今日笑顔で接してくれた車のディーラーさんも、私を殺しに来る可能性がある。そんなことありえないけど、映像の中の1人なのです。
なぜこの恐怖を抱えて産まれてきたのか。
私は輪廻転生は「ただの設定」であり、生まれ変わるたびに情報をインストールしている説を推しています。
どこかのネットで女性が発言していた内容です。すごく腑に落ちます。
だから、誰かを前世で殺したから「業を背負うことになった」よりも、
その業を背負った人生を経験したかったから、殺人を犯した経験情報を媒体にインストールして地球に降り立ったのです。
ですから、信長の記憶を複数人が持っていたりします。
つまり、カルマというものは今生だけのレジャーグッズなのです。
この観点で見れば、これから起きる5次元シフトもただの手遊びです。
宇宙規模ですごいと言われていても、本質からすれば一瞬のこと。
この意味は、大義を果たすよりも体験を楽しめばそれが大正義だということです。
私はアセンションに興味がありません。それに参加するのは確実だろうけど、心が踊る感覚はなくて、ただ移動をお願いされている様な気分になります。
私には「霊を見たり」とか「深いリーディング」とかの突出したスピリチュアル才能がありません。…活性化していないだけかもですが。
なので、立っているフィールドは同じスピリチュアル界隈だし、共感要素も「5次元・宇宙的視点」なのですが、どこか場違い感があります。
人付き合いを通して「生命」を感じられない。これはつまり、他者が存在することで成り立つ活動すべてが意味を成していないのです。
スピリチュアル能力は他者を導くために存在すると考えています。
これからの人類は全てが「スピリチュアル能力の開花」を迎えて、日常生活で当たり前のように使われるでしょう。
だから、先んじて持ち合わせている我々はやはり先導者なのです。
私も10人程度ですが、数秘術を通してエネルギー状態を読んで導きを与えました。
仕事にできると思ったけど、興味がないとも同時に思いました。
つまり、私の能力と求められている役割が噛み合っていないのです。
『体験を楽しめばいいのよ』と誰かが声をかけてくるのを感じます。
だけど、その体験に私は興味が持てないのです。イメージしてもワクワクしない。
夢を諦めた結果なのか、つまり私は不貞腐れているだけという意味。
人々の幸福は私の願いです。
でも、そこに私が居なくても問題がない。だけど世界は個人の創造物だから、私が目標を決めないと世界は退屈な場所であって当然なのだ。
私が求めなければ、世界=他者は私に関与できない。
お金だろうが出来事だろうが全てがエネルギーであるから、私が動かさないと駄目。
めっちゃ眠いです
アセンションとか変化が起きているときって『めっちゃ眠くなる!』があるある。
最近では宇宙のサポートが強いので、一回寝ただけでアップデートが何世代も進む感覚がしています。目が覚めたときに別人になっているんです。
私の変化としては、思考回路が変化しました。ぐるぐる思考が消えたのです。
ライトの点滅みたいに思考が高速で切り替わることはあります。
今起きている現象がそれですね。これは頭がおかしくなる体験でして、目の前の人が本物なのか確証が持てなくなります。
…というよりも、私にとって世界は妄想の産物で、人は私を殺すために襲ってくるもの。
だから襲ってこない人は「正しい映像ではない」とされます。そして脳処理がエラーを起こして、『これは妄想である』とする。
笑顔の人は「映画か妄想の絵」になるから、その人の存在が妄想になる。
だから、私は日常が本物なのか理解できなくなる。身体が痛いから、恐怖で身体が震えるから現実だとするしかなくて、幸せ=平穏はただの勘違いだと考えてしまう。
だから私は定期的に「ドアスラム」みたいなことをしてしまう。
私にとって妄想でしかない人物が、頻繁に私に電話をかけたり、遊びに誘ってきたりするのだ。私は相手を大切にしたいと思って演技するけど、彼らの言葉が歪んで聞こえるようになる。
彼らの「どの話」が重要で、彼のどこが本物なのかを判断しなければならない。
これは安心とかけ離れた状態で、私は常に異物に囲まれているように感じる。
夢で見た一過性の関係の方がマシです。
憶えていなくても大丈夫だからです。人が相談をしてくるから情報を記憶する。
だけどそれが「パラレルワールドの情報」みたいに感じるときがあって、
『これは違うはずだが、彼は正常な反応をしているから正しいの内容だ』と納得させる。
私の自己肯定感の少なさは、話が通じない以外にも自分の記憶に自信を持てないからだと、書いていて気がついた。
私は責任感だけで「人の情報」を記憶している。憶えなくていいと許可されたら全てを忘れるだろう。方向音痴の理論と同じだ、見えているものは漠然とした形でしか記憶されていないのです。
メンタルがやばい
…やばいわよ!(プリコネ猫)
世界を保持することができなくて、大きな音がしたら意識が飛びそうだ。
これは自我=エゴの崩壊に近づいたときの現象である。僕は悟りについて詳しいんだ。
明け渡しをすれば解放されるのは理解しているのに、それが踏み出せない。
なら「愛の道=自分を満たす道」を選べば、アセンションの波に乗って楽しく幸せになれるだろう。…だけどそれにも興味がもてない。
私が取るのは「放棄の道」で、欲求の少ない魂の特権である。
人らしくありたいと思っている。それが心の寄り添いに必要だと思うから。
でも、その寄り添う人も創造物でしかない。私が波動状態を変えれば、そもそも困っている人は同期できなくなる。
私が求めているのは理解される感覚で、それは他者を信頼することが必要だ。
一線を引いているのは、いつも私だけど、彼らには繋がりを感じない。
アセンションに興味がないから、宇宙連合にも親しみを感じない。
だからアセンションしても居場所はないと考えるのだ。だから放棄できない。
これはエゴ的思考で間違った考えだろう。だから、ただのエゴの嘆きブログなのである。
お寿司を食べて気分を紛らわせようとしたけど、21:00だ。スシローは22:00までなんだよね。スシローが一番美味しいと思います。10年前は「くら寿司」でした。
メンタルやばいわよ…!(プリコネ猫)
他人の相談に乗るまえに本格的なケアを受けるべきだと思った。
勇気を出して「催眠療法士」を探さなきゃ…。えっほえっほ、人が怖いって伝えなきゃ