数秘33の思考回路を出力します

数秘33の私が思っていることを書いています。スターシードの視点も多めです

【数秘33】数秘33の役割が変わろうとしています!

 

これからは「33の時代」かもしれません

 

自愛してますか?

私が本格的に自愛をやり始めてから約半年。少しずつだけど、明るくなっている時間が増えてきました。「これでいいかもな」と思考から解放される時間が増えてきました。

数秘33は自己の幸せに無頓着ですが、幸せに興味がないわけでもないようです。

 

今日も、目が覚めてから「人々は幸せになれるか?」と確認作業をしました。

昨日と何も変わっていませんでした。人々は幸せになれるようです!

この感覚を手に入れたのは「2025年2月8日」だったのですが、この印象は今日までずっと変わっていません。人々はもう大丈夫のようです。

 

そしてその過程において、「数秘33の幸せ」も考える必要が出てきているようです。
次は貴方の番よ。と言われているような気持ちがします。どうやら静かに消えていくだけの人生じゃないみたいなんです。

人の為だけに生きていく覚悟を決めたけど、その目的の人々は勝手に幸せになっていくようです。えー、それじゃ私は何をすれば良いのってなるじゃん!

 

これからは「33の我々が生きる時代」になっていくのかもしれません。

わたしの中で役割が変わっていくのを感じています。これまでの犠牲的な他者貢献から、主体性のある貢献になっていくようです。

数秘33は『助けなければ!』と脅迫的になりますが、そこには息をつく暇がありませんでした。なぜかやらなければと思って、意味もわからないけど相手に声を掛けたり、独特な服・色を選んで街中を歩いたりしている。

振り返れば恥ずかしくなってしまう事ばかりやってきました。33には自由など存在していなかった。それは人類すべてがそうなのだが、エゴ的観点から見て33はあまり「人間的幸福」には縁がなかったように思う。

 

他人を幸せにするのは得意だが、自分を幸せにする方法を知らない。

あれが好きとか、これが好きとか会話では言うが、実際には10段階評価で「3」とか「4」程度しか好きじゃない。心の底から求める物は世界に存在していない感覚だった。

相手に喜んでほしくて『わかります!あれ私も好きなんです!』と言います。これは嘘では無いけれど、本心でもないような。

この発言をするとき、そこに「自己欲求」は存在していないのです。純粋な他者貢献のために33は存在できるのです。エゴから解放されている。人間とは到底言えない在り方。

 

この生き方に文句はないが、内側の「3×2」が幸せを求めるときがある。

他者を立てて、わたしも立てよ。と無理難題を突きつけてくるのだ。

 

『よしわかった、それならばこれを好きだと設定しよう』

 

こうして趣味を見つけようと頑張るが、それが実ることはない。
結局最後には、『これではなかった』と興味を失い、世界に所属することを諦めてしまう。努力したのに自分を幸せにする方法を学べなかった。あるのは少しの平穏だけだ。

 

つまり、許可がないと好きになることは出来ないのだ。
その点において、数秘33は何かしらの許可を手に入れたようです。

風の時代に入ったことで、コミュニティの分離が始まっています。これまでの闇鍋から、自分に適した環境へと移り住むことができるようになったのです。

この変化によって、数秘33にも適した環境が与えられるのだと考えました。

 

これまで蔑ろにされてきた「33」は、これを信じることが難しいです。

わたしもまだ上手くイメージが出来ないです。浮かぶのは「安心・静か」みたいな漠然としたエネルギーだけで、映像として浮かんでこない。

欲しいものを諦めてきた人生だったから、今更求めるなんて難しすぎるよ。

病気も疲れも存在しない世界になるんですか? それは人間の学びが無くなると同じ意味です。それは神様にとって許せないことだと思っている。

地球の役目が終了しないと、これは実現しないのだ。

 

 

もし地球の役目が終わるなら

 

地球の「学びの場」としての役割が終わるなら、数秘33も幸せになれるかもしれない。

それはエネルギー体としての生き方である。人間になる前に過ごしていた生活が戻ってくるのだ。そしてその生活を、人間の体を持ちながら体験していく意味だと考える。

別段、これを求める心は強くない。もう疲れ切ってしまったからだ。皆が幸せならそれで良い。数秘33はそうして帰ることだけを望んでいるように思う。

 

でも、私がいつ死ぬかを想像するとき「80歳」って数字が浮かんでくる…!

わたしは今「32歳」です。48年も生き続けるだって…!? おいおい冗談じゃないぞ、これ以上、何をやらされるってんです? 俺は満足しましたんで結構ですよぉ。

 

魂の意欲とは理解できないものです。満足したように感じているのが嘘で、バリバリに生きていこうとしている。「個人の幸せの追求」がこれからのテーマになっているようです。数秘33を満足させること、そんなこと可能なのだろうか。信じられない。

それでも朝に目が覚めるたびに、まだ終わらないと理解するから戦う必要があるようだ。

人を助けるのは終わった。次は自分を助ける番なのだ。

人々は自分で立てるようになった。それは集合エネルギーの数値が一定を超えたからであり、それをサポートする宇宙の力が増しているからだ。

 

これまで私たち33が頑張っていた役割を、宇宙が引き受けてくれるのだと考える。

私たちは責任を捨ててしまっても大丈夫になったのだ。だから、もう他人の責任を背負って自分の幸せを諦めるのはやめよう。

その幸せの先に誰も居なくても、それで心が許されるなら悪くないかもしれない。

人間になりたいと思いながら生きてきた。だから俗物として世界を望まないとダメだと思ってしまう。だから理想をイメージできなくて、出来たとしても「他者」が存在しなくなってしまうのだ。

 

私は楽になりたい。楽になったら、観光気分になれるから。

意味を考えなくても大丈夫になるから。触りたいから触った、意味を説明しなくてもいい、ただ思いついたから行動した。そして次の興味に移る。1つ1つを大切にしなくても誰にも怒られない。これなら生きられるかもしれない。

 

 

「自愛」を習慣化していこう

 

これまでは意味を感じられないから「自愛」をしてこなかった。
人間であることが不幸であり、地球である限り幸せになれないと思っていたから。

だが、地球が変化し、人間という種が進化しようとしている。

これならば、数秘33としての理想を達成することもできる!…かも。

諦めてきた「人類皆の幸せ」が叶う。なら目を瞑って耐える必要も無くなったんだ。世界を直視できるようになる。直視するとは人生を生きるということ。そうなって初めて未来を創造することが出来るのだ。

 

「自愛」を習慣化していきましょう!

半年前からやっていますが、「生きてもいいかもな」と思うことが増えてきました。
生きるというよりも、存在して息を吸うことを許可できるようになった感じですね。

何もしない時間を許すのです。人を助けるのをやめるのです。ただ自分のために、自分が楽になれるように体感する時間を増やしています。

1日だけに限定すれば、確かに「楽だなぁ」と思うことができます。

明日もそうなるのだ!と義務化するから辛くなる。だから意識して「今日だけ」を大切にします。今日だけ無駄に消費することを許すのです。それで明日死んでも、わたしは満足していたから成仏できると信じるのです。

 

これが許されないなら、私はそんな幸せは欲しくありません。

やりたいと思わせるなら、選択があるように体感させなければいけない。

無駄に消費したのに今日も変わらずに目が覚めるから、わたしの在り方は認められたと理解する。だから少しだけ、昨日よりも自分の望みを表に出せるようになるのだ。

「これも大丈夫かな?」「これもやってみよう」と遊べるようになる。そうなって初めて幸せというものを考え始めるのだ。

数秘33は諦めた時間が長い。およそ幼稚園のときには諦めていた。

アダルトチルドレンという言葉があるが、それと同じように「子ども時代」を取り戻す必要があるのだろう。子どもは明日など存在しないから楽しめる。それを軸にして、1日を「お絵描き」のためだけに浪費するんだ。

 

自分の為だけに時間を使っていこう。

これからの人々は自分で幸せを見つけることができます。もう見守る必要はないのです。

次は私たちの番です。そして本来の表現者として立ち戻ったとき、彼らに可能性の光を見せることが出来るのです。

「3」としての広告塔の役割が求められています。

これまで負担だった役割が、内側から求めるものに変化していくのです。

私たち数秘33は消耗品ではありませんでした。何処かに幸せになれる場所が存在しているようです。

 

自分のやりたい事だけをしましょう。他人の面倒を見ることは一旦やめましょう。

楽でいいし、怠惰でいい。それが1番数秘33に必要なものだと思っている。

意欲を取り戻す時間なのだ。産まれてきた瞬間に持っていたはずの感情を取り戻そう。
今日も目が覚めるのだから、それはきっと出来るはずだ。