今回は「数秘33」に関連しない話かもしれません。
スターシード・ライトワーカーが抱える人生の不一致についてです。
「数秘33」が一般生活を送れないパターンが多いのは、魂の目的が別のところにあるからだと考えています。
そして私のパターンは「地球の次元上昇をぜった~いこの目で見てやるからな!」によって形成されています。
この強い強い魂の意欲によって、あらゆる興味が奪われ趣味を持てずに生きてきました。
この影響は数秘33の人助けにも陰をつくります。次の項目で困ったことを書いていきます。
私はカタツムリ観光客
わたしの人生は観光客みたいです。人が作った物を見て「ほぇ~よく出来てるな~」って感想だけ残して歩いていく人みたい。
3割しか地球に所属していない感覚があります。
この地球がテーマパークだとすると私は配線業者だろうか。重要な役目を持っているんだけど人には関与しなくて、別の場所で何かをするために産まれてきたらしい。
地球の変革を見るのが「大目標」だと言っているのが聞こえます。
「変革を見たら満足して帰る」みたいな直感を感じていて、それが将来の自分の姿をあやふやな物にしています。
「私には変革を助ける大きな力がある」と言っています。私の魂は結構ナルシストみたいです。自信家ですね。
独善的で王様みたいな態度です。行動が伴わないのに思想だけ強いんですよね。孤独に強いので、民草の首を切り落とす強行軍にもなりそうな勢いです。
なんで数秘33に産まれてきたんですか。「22」か「1」を選んで産まれてきたらよかったのに。
大局を見ているのか、人の目先の不幸には意味づけしない特徴があります。
しかしエゴの私が「可哀想だよ!」って数秘33の優しさを発揮して人助けをします。
だけど、その人助けは私の心を満たしません。本質的に意味がないと分かっているからです。また、彼らを継続して助けることができないと分かります。関わりを制限されているのを感じます。彼らの生活に私が踏み入るとアラームが鳴るようです。
「人助け」と「人の幸福」がイコールで繋がらないのが長年の謎でした。
人の幸福ワードはずっと頭のなかに存在するのですが、それを人助けに用いようとすると急に行動にブレーキがかかります。
私の管轄ではないと言われます。じゃあ何をすればいいんだろうか。「3」として産まれてきたら良かったのに。
人の笑っている姿を想像するとワクワクします。
人を助けている自分を想像するとワクワクしません。
地球の次元上昇を想像すると脳汁が出るくらいワクワクします。
……つまり、わたしは観光客じゃな?
地球が変革した後に興味ないね。
あの…恋人とか必要ないですか? (^.^)<興味ないね。
老後の暮らしとか考えませんか? (^.^)<興味ないね。
…
地球が次元上昇して皆が笑顔で暮らせるようになったら、満足して宇宙に飛び立つ感覚がします。
変化した地球で遊ぶことは興味ないみたいです。だから僕には恋人ができないんだ。
私の所有物は全てレンタル品みたいに感じる。
だから、他人に分け与えることが簡単にできるのだ。
物事に対しての反応が薄い。どうせこの地球に置いていくものだと思っているからだ。
ただ面倒なのは嫌いなので、物事がグダると「あ~地球だるいわぁ」となってる。
行動と発言も誰かに指示されて動ごいているのが分かる。変な行動をさせられては「だるぅ~」って思いながら、「これも意味あることなんすよねぇ~?」とダウナーに過ごす日々。
人生が自分の重要物であるという感覚がない。
だから、他人にお礼を貰っても大して感動することができない。
彼らの笑顔を見ることができて、心の底から嬉しいと思いますが、それはスナック菓子のようなもの。無くても問題ないね。
子供何人とか、どこに住もうとか、欲しい家だとかそういった物とは無縁の人生を想像します。それは苦痛ではないけれど、人と関わるうえで共感を削ぐものです。
わたしは人間ですか? いいえ、人間ではありません。
ですから共感を求めてはなりません。あなたは臨時出張にやってきた職員なのです。
このテーマパークで遊びたいですか? ちょっと佐藤さん、書類が溜まっていてよ?
未来の自分を想像できなくなる
上で書いた「人間とは無縁の人生について」掘り下げをします。
わたしは「アセンションするぞ!」と決めては波動を爆アゲして、やっぱ辞めます。の繰り返しをやってきました。
その都度、体の感覚が変わって現実に馴染めなくなっていきました。
覚醒は施錠されていた鍵を開けるようなプロセスだと考えています。目覚めが進むほど、閲覧できる本の数が増えていきます。
知識は増えるけど鍵を閉めること叶わず、昔に戻りたくても後ろに下がる階段は撤去されています。放置されて雨に濡れたサモエドになります。
魂の成長は階段を登るようなもので、上がった段は何があっても下がらない。貴方が元に戻ったように感じても、貴方は以前の貴方とは違う。と悟りの本には書いてあります。
私の信念体系は「ラマナ・マハルシ」によって形成されています。
マハルシの本は『不滅の意識』がメイン本。それを解りやすく説明する『誰がかまうもんか?!』がオススメです。『覚醒の炎』も同じタイプですが、言葉がキツイので最後に選ぶのがいいと思います。
ー閑話休題ー
そんなこんな繰り返していると、
いつからだったか、未来の自分の姿が想像できなくなっていることに気が付きました。
「数年後はこんなことしてるだろうな~」とか「お部屋はピンクに塗って、お庭にはガーベラを植えましょう♪」みたいな、未来設計がまったく浮かばなくなったのです。
今日というか、今日が1日のことでもなく。瞬間瞬間を貼り付けて生きているような感覚に陥っています。
この瞬間を貼り付けるとき、未来から一部を貼り付けたりするのですが、取得する未来は固定されておらず、年代も変わればパラレルも変わると感じています。
今だけど今じゃない。今を生きている実感はあるけど今を見ると過去だと思う。
手を「パンッ」と鳴らせば意識が消えてしまうのではないか、と思うことがあります。
恐怖はありません。ただそれくらい、今に繋がる先が感じられない。
現実のスケジュールを建てることはできます。でも、そうした「3日後に人に会う」みたいな感覚とも違う、言葉で表しにくい感覚です。
悲壮感はなく、宙に浮いているようだけど外壁に周囲を守られていて、私は快適な旅路を続けています。問題点はどこに着くのかが予定に組み込まれていないことだ。着いたらそこで何かをしなければいけない。そしてすぐに旅立つ、これの繰り返し。
これが私の人生の捉え方で、私の人生を妙な形に変えようとしている何かである。
次元上昇を体験するために待ち構える
何かに縛られることを強く嫌います。
ある一点の未来の風景を見据えて軽い怪我なんかには目もくれず、ずっと仁王立ちで風の中に立っているイメージがします。
現世での体験や所有が、死ねばなくなる物だと思っている。体験は重要視していない。ただ私は忘れているだけで、思い出すまで右往左往していただけなのだ。これを体験と呼んでいた。
この地球に産まれた「一大イベント」に興味津々で仕方がない。
そのために食事も必要なくって、オーガニックだろうが、どんどん食べられなくなってきています。
人間の在り方を捨て去れば、私はどんな環境でも生きていけると感じます。
ホームレスでも苦ではない。家族はむしろ足枷で、金も怠惰を味わってしまう原因であると感じる。それでも人に対して接する清潔さは欲しくて、お風呂には2度入る。そのことで私が豊かな人生であることに感謝する。
どこまで行っても「人として生きること」が私の行動を重たくしている。
わたしは人の生活ができない。人に説教される時こいつらは馬鹿だと思う。
でも、わたしが抱えるカルマによって人に排他されることを恐れる。
いい顔をして人の機嫌を取らないと私は殺されてしまう。これを乗り越えることができない。
この恐怖さえ乗り越えれば到達できるのが分かるけど、人間の境目だと理解していて、家族のこととか思って言い訳をしている。
私に家族は必要ない。家族は私がいなくても頑張っていけるからだ。それが頭の中でずっと繰り返されている。だから私は自分の人生を歩まなくてはならない。
スーパーで家族団欒を見るとき、いつも違う自分が嫌いだった。
でも、自覚した今なら人生の設計に入っていないことが分かる。心の中を探しても何処にも存在しないのだ
素直になると、宇宙の計画にも然程興味がないことが分かる。
ただ決まっていたことを見るだけである。そこに介在する意思もなく、私たちは納得してそこに立っている。だから後悔する人も悲しむ人も居ないのである。